今回は2品のフェアメニューを考案いただきました。まず、魚料理の「広島サーモンのマリネと米粉のブリニ」について教えてください。
「『CHILAN』では瀬戸内の食材を使い、日本の四季が織りなすおいしさをベトナム料理に落とし込んでいます。そこで今回は、県内で生産されている広島サーモンを使った一皿を考えました。サーモンを塩と海老の魚醤でマリネして、みかんの皮を乾燥させた陳皮(ちんぴ)、山椒のような香りを持つ花椒(ホアジャオ)を合わせています。サーモンは厚くカットしていますが、柔らかくなめらか。もちっとした米粉のブリニとの食感の対比を感じていただけると思います」。
ブリニといえばキャビアなどと一緒に食べるそば粉のパンケーキですが、今回はそば粉の代わりに米粉を使ったんですよね。
「米粉に、サーモンと相性のいいディルとえごまの種を混ぜ込みました。食べていただくと、ディルとえごまの香りがふんわり広がってくるかと。米粉はそば粉よりもクセがないので、ほかの食材とも合わせやすいんですよね」。
米粉で作ったことによって、どんな仕上がりになりましたか?
「米粉は吸水率がよく、すごくもちもちに仕上がりました。米粉を使うと食べた際のボリューム感が出るので、小ぶりなサイズにしています」。
もう一品はデザートの「カカオムースと米粉のスパイスクランブル」ですね。
「ベトナム産のチョコレートで作るカカオムースは、『CHILAN』では定番のお客さまにも人気なデザート。今回はそれに初めて、クランブルを添えました。クランブルは米粉とアーモンドプードルにシナモンとコリアンダー、カルダモンを加えています。ふわっとスパイスが香る、ほろほろ食感のクランブルに仕上がりましたね」。
米粉とスパイスを合わせてみて、いかがでしたか?
「米粉は焼いても小麦のような香りの主張がないので、そのぶんスパイスの香りが引きたった印象です。一緒に入れているバターの香りもよく立っていると思います。今年の初めにベトナムへ行って、カカオ農園やコーヒー農園、コショウの産地などを巡ってきたんですが、ホーチミンのカフェに立ち寄った際にチョコレートとスパイスを組み合わせたメニューがすごく多くて、実際に相性がとてもよかったんです。そんな体験から、定番のムースにスパイスを合わせてみようと構想を練りました」。
上のムースについても教えてください。
「ビターな味わいにしたかったので、カカオ72パーセントのクーベルチュールチョコレートを使いました。チョコレートのおいしさをダイレクトに味わっていただけるよう、生クリームと卵、てんさい糖だけのシンプルなムースです。ベトナム・ドンナイ産の甘酸っぱくフルーティな風味を楽しんでいただけたら」。
ベトナムでもカカオを生産しているんですね。
「ベトナムはコーヒーが有名ですが、各地でカカオも育てられています。CHILANではベトナムカカオ専門のメーカー『MAROU』さんのものを使っています。東南アジアにおけるカカオの産地といえばインドネシアが一強だったんですが、ベトナム産のカカオを世界基準まで引き上げたのがこちらのメーカーなんです」。
チランシェフのお料理は多彩なスパイス使いも持ち味の一つですよね。食材にスパイスを合わせるにあたっては、どんなことを意識されているのでしょうか。
「それぞれの香りを脇役でなく主役とするために、使うスパイスは3種類までと決めています。カレーのようにひとつひとつのスパイスが表に出なくてよければそれ以上混ぜることもありますが、スパイスを生かしたいときは3つまで。そのくらいの種類数だと食べていただいたときに香りを感じやすいかつ、味わいも分かりやすいんです」。
なぜ香りを重視されているんですか?
「香りは味よりも、より鮮明に記憶に残るからです。『CHILAN』の料理はコースをワインペアリングと楽しむスタイルなので、コースで数品お出ししたときに一品一品の印象がみなさんの記憶に残るよう、五味のバランスだけでなく香りの抑揚をすごく意識しています。私が料理をつくるうえでのマインドと価値観はワインから来ているのですが、その影響ですね。料理とワインのペアリングを通して、みなさんの記憶に残る時間を提供していけたら嬉しいですね」。