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米粉アンバサダーとしての活動がスタートされて数ヶ月経ちました。家庭でつくれるレシピや店舗メニューの開発を通して、どんな気付きがありましたか。

「米粉がより広く親しまれるようになるためには、『これは米粉じゃなきゃいけない』というストロングな理由を探しすぎないことも大切だと感じました。あくまでも主役になる食材ではないため、例えばカレーのソースのいち材料としてなど、普遍的な料理の一部として落とし込むほうがいいと思うんです。そうすることでおのずと使っていただく機会が増えるのではないでしょうか」。

米澤シェフが提案されてきた家庭用のレシピには、そうした考えがベースにあったんですね。

「『いままでカレーに米粉は使ったことがなかったけれど、シェフが考えたこのレシピで米粉が必要なら使ってみようかな?』というのも一つのゴールだと思うんですよね。でもシェフとして考えると、『これは米粉じゃなければいけない』という提案をできるのがベストなんですよ。だからこそ悩みましたし、なかなか難しいテーマではありますが、それを引き出すのが僕ら米粉アンバサダーの務めだと感じています」。

いま現在、米澤シェフが「これは米粉しかない」と思う料理があれば教えてください。

「前回のインタビューでもお話しましたが、僕がぜったい!と言えるのはフリットなどの衣ですね。衣にして揚げると、小麦粉にはないカリッと香ばしい風味に仕上がるので。7月に紹介した『米粉とスパイスの焼き唐揚げ』のレシピは揚げずに焼く唐揚げですが、作っていただくと米粉ならではのおいしさを実感していただけるはず。スパイスが入ってはいますが、お子さんでもおいしく食べられると思います」。

米粉アンバサダーとしての活動を通して、どんな課題ができましたか?

「一つの食材にフォーカスしたレシピ作りは、そんなに簡単ではないと再確認しました(笑)。米粉の場合は、何かの代替えにするところから発想していくことになるので、そのなかでよさを見つけていくのが楽しくもあり難しくもありますね。くわえてシェフ同士の横の繋がりを利用すれば、取り組めることの範囲がより広がるんじゃないかとも感じました」。

レシピを考案する際は、どんな視点から考えているのでしょうか?

「何よりも『こんな料理を提案したら、米粉を使ったり米粉という素材に興味を持っていただけるかな』、という考えがありましたね。なるべく簡単であったり仕上がりがおしゃれであったりと、アプローチはさまざまですが」。

店舗で食べていただくだけではなく、レシピに興味を持って作っていただくことがスタートになると。

「そうです。日本では日常的に米粉を使う文化が根付いていないので、まずはそこをクリアする必要があるんです。みなさんがご家庭でカレーや揚げものを作るときに使うのは、ぜったいと言っていいほど片栗粉か小麦粉でしょう? そこに米粉という選択肢があるということを知っていただくことで、徐々にシフトしていけたらいいですよね。グルテンフリーでもあるので、そうした視点も米粉をチョイスしていただく理由になるかも」。

最後に、今後活動していくにあたっての意気込みをお聞かせください。

「僕らの料理やレシピを通して米粉のことを知っていただき、原料のお米と同じくらい親しみのある食材になれば。日本文化を広めるという意味でも、そうした未来が実現したらいいなと思います」。知っている料理がちょっと斬新なアレンジで出てきたら、お客さまに楽しんでいただけるんじゃないかと」。

米澤文雄 氏

高校卒業後、恵比寿にあるイタリアンの草分け的存在「トラットリア イル・ボッカローネ」などを経て渡米し、単身ニューヨークへ。22歳のときに三ツ星フレンチ「Jean-Georges」と出会い、日本人初の副料理長に就任。帰国後「KENZO ESTATE WINERY」でエグゼクティブシェフなどを歴任し、2014年「Jean-Georges Tokyo」オープン時にシェフに就任。2015年に開催された、新時代の若き才能を発掘する日本最大級の料理人コンペティションRED U-35 (RYORININ’s EMERGING DREAM)で「ゴールドエッグ」を受賞。その後「The BURN」エグゼクティブシェフに就任し、数々の名店を立ち上げ、2021年12月に独立し「No Code」を開店させた。

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