料理人になったきっかけは、高校時代に白金台のフレンチレストランでアルバイトしたことだと伺いました。
「当時はパティシエ志望だったので主にデザート部門の仕事の傍ら前菜部門を手伝っていましたが、尊敬する当時のシェフに『料理人になれば、料理とデザートの両方がつくれるよ』と誘惑されて、まんまと料理人の道へ進むことになりました」。
高校卒業後は2年留学され、帰国してからはレストランやビストロを経て、海外のワイナリーも経験、その後は一度IT企業にも入られたとか。
「アメリカ留学から戻ったあとは先述のシェフが独立されたお店で働いていましたが、そこで出会った自然派ワインが人生観を変えるようなものでした。料理だけでなくワインにも触れるよう小さいお店で働くことが増え、やはり自分の目で見たいとオーストラリアとニュージランドのワイナリーに1年ほど研修に行きました。帰国後に料理の世界に戻る予定だったのですが、結婚したこともあってライフプランを考えるうちに、仕事と子育ての両立が難しそうな現実に疲れてしまい、一度この業界を離れました。まったく違う業界での経験は世界が広がりましたし、今につながる出会いもたくさんあったので結果オーライなのですが、やっぱり飲食が好きだと戻ってきてしまいました」。
そこでご主人の地元である広島に移住され、翌年に「CHILAN(チラン)」を開店されたんですね。コースをワインペアリングと楽しむスタイルにされたのはなぜですか?
「はい。子供を育てながらでも質が担保できるように、週3日のランチと、貸切でディナーを営業しています。料理をつくるうえでのマインドはもちろん、私の価値観の根底にはワインがあるので、CHILANの料理はワインと一緒に楽しむことを前提に構成されています。セレクトは絶対的な信頼をもつソムリエの夫が担当しており、自然派ワインをメインにしています」。
料理は、フレンチやビストロで培った技術を用いたベトナム料理なんですよね。
「自分のルーツと経験を掛け合わせることで、他にはない体験を提供できればと。きちんとベトナム料理を学んだことはありませんが、生まれてからずっと食べてきた母の料理がベースになっています。瀬戸内の食材を用いて、日本の四季が織りなすおいしさをベトナム料理に落とし込むというテーマのもと、日々生産者さんからインスピレーションをもらいながら向き合っています」。
米粉フェアメニューの「新たまねぎのポタージュと米粉のクルトン」では、広島の農家さんの新タマネギを使われているとか。こちらはどんなメニューなのでしょうか。
「しっかり炒めることで甘味を最大限引き出した新たまねぎを、コクのある烏骨鶏(うこっけい)のダシでのばしたポタージュに、米粉でつくったクルトンを添えています。ザクザクっとした米粉のクルトンは、材料を合わせてフライパンで焼くだけの至ってシンプルな一品です。通常のクルトンは小麦粉を一度パンにするという加工工程が必要ですが、 米粉だと思い立ったときに少量だけつくれて手間がかからないというのは大きなメリットですね。米粉と水にオリーブオイルを混ぜて、少し香りも乗せています」。
もう一品の「とうもろこしのムースと米粉のタルト」について教えてください。
「タルト生地に米粉を使っています。米粉は焼いたときの香りが小麦粉に比べて物足りないため、アーモンドプードルで香ばしさを、メープルシロップでほんのり甘みも入れました。小麦粉とバターでつくる一般的なタルトとは違い、バターの代わりに米油と、つなぎとしてタピオカ粉も入れ、ザクっとほろほろな食感に仕上げました。中に広島県産トウモロコシのムースを絞り、上には赤しそや紅花を。ベトナム料理はこうしたハーブやスパイスを多用するので、そんな視点からも楽しんでいただけたらと思います」。
2つのメニューはどのように考案されたのでしょうか。
「米粉は基本的に小麦粉の置き換えとして使えるので、フレンチのメニューをベースに考案しました。とはいえ焼いたときの香りや食感とグルテンの含有量が小麦粉とは違うので、そこをどう生かすか、もしくは何で補えばより美味しくなるか考えながらレシピに起こしていきました」。
レシピを考案しながら感じた米粉のよさを教えてください。
「米粉で代替することによって、おいしく食べられる人の母数が増やせるところですね。グルテンアレルギーがある人にも食べていただけますし、タルトに関してはバターも入れずに乳製品アレルギーの方も食べられるよう意識しました。料理するという視点で言えば、まず粒子がサラサラしていて振るわなくていいですし、水分を足してもダマにならないなど、とにかく作業効率の高い食材でした。また調理法によってもっちりした食感やザクザクとした食感など、表現の幅が広いなという印象です。2メニューとも、そんな米粉らしい食感をよく感じていただけると思います」。
これまでも、米粉を使うことはありましたか?
「ビストロ時代に唐揚げの衣に米粉を使っていたのですが、グルテンフリーのため油切れがよく、お客様にすごく好評でした。今でも唐揚げの衣は米粉一択です。米油と併用するとよりカラッと仕上がり、時間を置いてもベタつきにくいのでお弁当などにも重宝しています」。
最後に、みなさんへメッセージをお願いします。
「生産者が大切に育てた食材の魅力を消費者に届け伝えるのが、料理人である私の仕事です。フェアメニューをきっかけに米粉という素材をもっと身近な場所で使っていただけるようになればと思いますし、結果として米農家さんのお役にも立てれば嬉しいですね」。