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記憶の更新で、いつものご飯の食味が変わる

米屋としてお伝えします。日本で流通している米に、嗜好の違いはあっても、まずいものはありません。ご飯のおいしさは、産地銘柄3割、精米3割、残りの4割は炊飯です。
蕎麦の「挽きたて、打ちたて、ゆでたて」のように、ご飯にも三たてがあります。「とれたて、精米したて、炊きたて」です。しかし、ご飯の三たてにおいしさを求めたのは昔の話。記憶の更新が必要です。

産地銘柄を味わうならば熟成米

米は通常9月から11月までが収穫期です。各産地銘柄の新米が出回るのは楽しみではありますが、収穫したての米は水分量が多く、品種の特徴を比較するには味が薄い状態です。熟成させることで味が濃くなり、産地銘柄ごとの食味が際立ちます。昔は収穫した米を農家の軒先で保存していたので、夏になると酸化して古米臭がしましたが、今は違います。温度・湿度管理が行き届いた米穀倉庫で低温貯蔵され、その間に熟成が進み、年明け2月以降、食味の評価が高くなります。

家庭での精米に落とし穴

米の皮は硬く、高圧をかけて擦り合わせるか、カッターで削って取るため、精米したての米は熱を持ち、急に水に触れると割れてしまいます。その点で、店で買う米はすでに精米調製されているので失敗はありません。隅田屋商店では、昔、水車小屋で臼と杵でゆっくりと時間をかけて玄米の皮を剥いた原理と同じ古式精米製法で7回に分けて少しずつ削って米のうまみと香りを残し、米専用の低温貯蔵庫で休ませて納品しています。

湯気に惑わされるべからず

炊きたてが、おいしそうに見えるのは、電気・ガス炊飯器が登場して熱々のご飯を食べられるようになった頃の記憶です。白い湯気が立つピカピカのご飯粒は、余分な水分がたくさんついて、柔らかくふにゃふにゃの状態。ひと工程かけて冷まして仕上げることで、感動的においしくなります。
和食店などで炊きたてのご飯をおひつに移し変えるのはこのためです。

ほぐしはうまし。所作でご飯をおいしくする

海外では日本のお米は特別です。炊飯教室に参加されるみなさんは、最高の状態で食べるために手間を惜しまず、その所作も楽しいと言われます。ご飯を茶碗に「よそう」は「装う」です。古来より所作で食事をおいしくしてきた日本の食文化は、主食であるご飯に全て込められています。

ご飯をおいしくよそう所作

  1. 炊飯器で炊き上がったご飯は、しゃもじを縦にして、縦横十文字に切り込みを入れます。
  2. 鍋肌に沿ってしゃもじを縦に入れ、1周させてご飯をはがします。
  3. 切り込みを入れたご飯は、1片ずつ天地を返し、底部の水分を飛ばします。
  4. ご飯の表面に、しゃもじを縦にして筋を入れ、水分が抜ける道を作ります。
  5. ご飯にしゃもじを水平に入れて切り取るようにすくい、しゃもじを引き抜いて茶碗にふんわりとよそいます。しゃもじをひっくり返してご飯をよそうと、お米の粒が潰れてしまいます。

噛むほど甘く、冷や飯ほどうまい

余分な水分を飛ばしたご飯は、引き締まって粒感と硬さが生まれ、噛めば噛むほど甘みが感じられます。所作を施したご飯で作ったおにぎりの例では、米粒表面に余分な水分が残っておらず、表層のおねば層(炊飯時に溶出するアミロースと共に米飯表層に集積される旨み成分)に厚みが出て粒感がよりはっきり感じられ、冷めても硬くなりません。また、甘みを感じやすい喫食温度にまで冷めたことで食後の余韻が残ります。よそう所作を意識するだけで、食卓がこれほど豊かになるのです。

単一銘柄が並ぶ時代、米屋がブレンド米を売る理由

単一銘柄米でなければおいしくないという考えも、産地銘柄で米を選んで買えるようになった当時の記憶です。どんな米が入荷するのか、蓋を開けるまでわからなかった時代、米屋がブレンドして品質を安定させて販売していました。

計算された匠の技

当社のような業務用を主とする米屋は、お客様に教わりながら、料理に適した米のブレンド技術を磨いてきました。例えば、粘りが少なく粒感のある宮城県産ササニシキは、寿司の好適米です。江戸前ではそこにうまみを足すため、すし酢に甘みを加えていましたが、シャリのべとつきが課題でした。そこで、甘みの強いコシヒカリとササニシキをブレンドすると、まさにドンピシャ。こうして代々配合技術を磨いています。

食べ比べてわかる米の味

今やさまざまな銘柄米がありますが、その良さを存分に引き出すために、寝る間も惜しんでブレンドを考え、通常の7倍の時間をかけて精米した米だからこそ、家庭でおいしく炊いてほしいと炊飯教室をしています。
日本で多種多様な米を味わえるのは素晴らしい体験です。必ず好みの米に出会えると思います。その一歩として、普段の熟成米をおいしく炊き、同銘柄の新米が出たら食べ比べて、その違いを味わってみてほしいですね。

食をより豊かに、米粉にも記憶の更新

米粉の品質は以前と比べて格段によくなっています。私たち米屋も和菓子店にうるち米を挽いた米粉を提供させていただくことがあり、米粉ならではの物性やグルテンフリーなどの特徴もあり、可能性のあるとてもいい食品素材だと感じています。

海外では安全性品質面で人気

海外では和菓子ブームで、米粉はその原料として、また料理の補助材料として使われるケースも増えています。日本産の米粉の値段は他国産の6倍以上ですが、安全性に信頼がおける日本産米粉を選ぶ人も少なくありません。それに加えて、軟らかい和菓子になる、料理時に「だま」になりにくいなど、品質面でも人気が高まっています。

米粉は楽しく自由な食材

国内においても、昔と比べて家庭の食料事情も一変しています。かつては調味料といえば、塩、砂糖、酢、醤油、味噌など伝統的な基礎調味料くらいでしたが、今はその何十倍もキッチンに常備されています。穀物由来の食品素材も増えて当然。ここで記憶の更新です。現在、家庭に常備されている小麦粉や片栗粉のところに米粉も加われば、それこそプラス1以上の存在に。楽しみながら自由に使って、食材としての幅をもっと広げてほしいですね。

片山真一氏

株式会社隅田屋商店 代表取締役 五ツ星お米マイスター
1905年に墨田区で創業した米殻専門店の5代目。100年以上続く米屋の知見、独自の古式精米製法とブレンド技術で、お米好きや飲食店においしく安全なお米を届けている。代々受け継がれてきた大型循環式精米機を使用し、米の水分、表皮の硬さ、精米時の温度や湿度を総合的に判断して本来の米の香りとうまみを残す匠の技ですみだマイスターに認定。日本国内のみならず海外でも炊飯教室を開催するなど、米屋として責任をまっとうすべく、お米をおいしく食べてもらう活動にも注力している。

▼隅田屋商店ホームページ
http://sumidaya.jp/

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